わたしは、小さい頃から、親との間に距離を感じていました。
一見、普通です。
普通に育たられたとは思います。
虐待とか、そういったものは一切ないです。
ただ、自分の中になにか、消えないしこりのようなものがあるだけ。
それは、今でもはっきりと。
子供の頃
母と語り合ったり。笑い合ったりした記憶が、あまりない。
楽しい!だとか、お母さんすごい!とか、お母さん聞いて!が、思い出せない。
自分が親になってわかったことは、母は子供に愛情持った接し方ができない人なんだということ。
頭をなでられるとか、肩をたたかれるとか、スキンシップ的なことが一切ない人でした。
手を繋いだ記憶も、ない。
わたしは「親に話す」というのがなかった。
「親に近づく」ことも「親に甘える」こともなかった。
記憶の中でのわたしは、父にも母にも気を遣っていて、言いたいことも言えませんでした。
我慢することに慣れていました。
無理に我慢しているという感覚はなくて、ただ、言えないだけ。
自分の思いや願いは、迷惑をかけてしまうのではないか、受け入れられないのではないか。
それが気になって口にできませんでした。
だから言わない。傷つきたくないから言わない。
それでも、嫌いとかではなくて、普通に過ごしていました。
母とふたりで買い物に出かけることもありました。
ただ、ずっと一緒にいるわけではない。
少額のお小遣いを渡し母は消えます。
パチンコに行くんです。
わたしはひとり、雑貨屋さんなどを巡っていました。
それはそれで、ひとりで好きなものを好きなだけ見れる、楽しい時間でした。
けれども母が長時間迎えに来てくれないと、わたしもさすがに飽きます。見るお店もなくなります。
ほったらかしにされて、約束した時間もかなり過ぎて、暇で暇で怒りに震えていた時もありました。
それでも文句が言えなかった。
ヒステリックな母
母は、いきなり怒る。
高い声で怒る。
一度、母に文句を言ったことがあります。
いつものように母がパチンコに行って、わたしを長時間ほったらかしにした。
わたしが、怒りを通り越し、母はもう迎えに来ないんじゃないかと不安になるくらい。
やっと来てくれたと安心しても、怒りが治まらず「遅い」としつこく言いました。
母はパチンコに負けていたのかもしれません。何と言われたのか忘れてしましたが、甲高い声をあげ、わたしを黙らせました。
わたしは寂しくて不安で怖かったのに、母はその想いを受け止めることなく、キレたんです。
もう、何も言えませんでした。
怒ったわたしが悪い。
その後も母がわたしに謝ることも、フォローすることもなかった。
母は、「自分は悪くない」
母は、そういう人なんです。
話すのは無駄
母に話すのは無駄なんです。
母は「自分は悪くない」の人。
人の意見は聞かない。だって自分は正しいから。
自分を疑っていないから、他者へのリスペクトなど存在しない。
そういうものの見方など、知らないんだと思います。
愛情に乏しく、他者へのリスペクトがないということは、子供を下に見る傾向があったんだと思います。
子供の言うことなんて一切耳を貸さないんです。
わたしの気持ちを聞き出すようなこともなかった。
わたしが小さい頃だと、意見するとすぐキレられました。
怒ったり、説教されたりじゃないんです。
甲高い声で何か発するだけ。
お説教ならまだ学びがあります。何か説いてくれたり、教えてくれたりするんでしょう。
母はただただ、文句を口にしていただけ。
大きくなってからは体力的にもわたしが上になるので、甲高い声は聞かなくなりました。
その代わりに登場したのが「偉そうに」と捨てゼリフ。
母から何度か、この捨てゼリフを頂戴しました。
母に話すことなんて、ない。
関係が深まることも、頼りになることも、ないので。
家族間で話さないことの弊害
母に話すのは無駄と思い、家では必要なこと以外は話さない。
話さない方が、楽になってしまいました。
父は不在が多く、話せなかったので、家族間で言葉のキャッチボールなんてなくなりました。
わたしは言いたいことも言わないまま、我慢できるところは我慢して過ごしました。
受け入れてくれない母と話すより、我慢していた方が楽だったんです。
キレられることもなければ、ガッカリさせられることもない。
自分を守るため、母のご機嫌のため、話さなくなりました。
楽だったけれど、自分の思いや意志を、上手に伝える経験をなくしていました。
「話さない」という意志は、「話せない」という弊害を生みました。
わたしは、自分の気持ちの伝え方がわからなくなりました。
伝えなければ楽。
でも伝えなければいけないなら、楽じゃない、大変なんだ、ちゃんと話さなきゃ。
話すことが、すごく難しいことに思えてきて、言おうとすると緊張してしまう。
人前でうまく話せなくなったんです。
人前に出なきゃいけないことはけっこうある
小学校でも嫌だったこと、たくさんありました。
本当は、小学生だからこそ楽しんでできるはずなんですけど、苦手が多かったです。
授業中に手を上げて発表
みんなの前で1人ずつ歌う
リコーダーを吹く
描いた絵の解説を言う
体育の授業で実技の披露
国語の授業では枕草子の暗記したやつの発表
作文読ませる
黒板に書きに行かせる
学校は人前に出ることを多いですよね。
避けて通れない行事が、たくさんありました。
中学生にもなると、発表の時に降り注がれる同級生の視線が、痛くて痛くて・・・苦手意識はさらに強くなりました。
嫌だ、緊張する、声が震える、怖いながらもなんとかやってきました。
高校は、発言や発表を求められることが少なくなって、よかったです。
学校は卒業できましたが、苦手は苦手のまま。
騙し騙しその場をなんとか乗り切ってきただけ。
終われば安堵するだけで、達成感や喜びは感じられない。
その場が過ぎればよかっただけ。
イヤイヤやってきただけで、何も克服できていないんです。
発表が好きになったわけでもなく、上手にもなっていません。
なんか、意味あったのかな・・・と、今になって思います。

学校教育を変えていただきたい!なんてね
文句を言えばキリがない!(愚痴みたいですみません)
わたしは、わたしを反面教師にしている
わたしは、自分の子供には、たくさんお話しして欲しい。
たくさんたくさん聞かせて欲しい。
わたしは、そういう親です。
子供たちには、わたしと同じ思いをさせたくない。
そしてわたしも、あんな親にはなりたくないんです。
絶対に嫌なんです。
わたしは、子供の頃の自分を反面教師にしているのかもしれません。
決して母を反面教師にしているわけではありません。
母を恨んでも無駄なんです。
母は「自分は悪くない」から。
あの頃反省しなかった母が、今さら変わるなんて、絶対ない。
歳を取れば取るほど、頑固はほんとにカッチカチの岩のようなんです。
ほぐれるわけが、ない。
わたしは、わたしで考えて行動するのみです。
わたしの願いは、子供には自信を持って生きて欲しいんです。
自信は、自分を強くする。
自分の思いを口にできるようになる。
自分を語るのは自分の口しかないから、話すこと我慢して欲しくない。
世界中の子供がそうあって欲しい。
言いたいことも言えない世の中でも、
家族には言える環境じゃないと、自信なんて育たない。
だから親としてちゃんとその手助けがしたい。
緊張やできないという劣等感を持ってほしくない。
いつでもどこでも自信を持って生きていけるように。
わたしが、子供の話を全部聞きます。聞きたいです。
子供がなんでも話したくなる、そんな母でいたいと思っています。
