親とのこと

母親のことどれだけ知っていますか。知れば知るほど謎だらけ

わたしは、母と同居してわかったことがあります。

母親のことを、よく知らなかった。

普通に育ててもらい、いい親だと思っていました。

産んでもらったこと、育ててもらったこと、感謝しています。

でもわたしは、子供の頃から親には依存していなくて。
親があまりかまってくれなかったので、外に外にと意識がいっていました。

自立したかった。

かまってもらえず、自由だけど、そこにいたいわけではない。

親と笑い合って話すこともないし、相談もしない。

でもそれは、そういうものだと思っていました。

家とは、家族とは、そんなもの。他の家庭も知らないし、疑いもしなかった。
ただ、友達のお家でご飯をよばれたりすると、おかずの品数と色の多さにびっくりして、憧れました。

とん

母は、大皿にど〜ん。揚げ物をすればなんでも揚げちゃう。おかずは単品が多かった。

愛情がないわけではない。
今思えば母は「こうしてあげたい」とか、「こうしたい」って思うことがない人のように思います。

スキンシップもなかったです。

ただ、わたしは子供ながらにも、育ててもらうのは当たり前に感じていて。
わがままは言わないようにしていたけど、ご飯を食べさせてもらって学校に行かせてもらうのは当然あるもので。
感謝の気持ちなど抱いてない子供だったと思います。

生活の基盤を与えてもらいながら、気持ちは外へ外へと。
もしかしたら、かわいくない子供だっとのかも。

わたしにとって友達の存在の方が近くて必要だった。相談に乗ってくれて、頼りになって、楽しい。
親より友達と一緒にいたかった。大事だと思っていた。

早く結婚しました。
嫁ぐ時に、この親でよかったとも思いました。

ところが、わたしの気持ちが変わりました。

わたしが母と同じ立場になると、わたしは母のような母にはなりたくなかったし、違う姿でした。

わたしが知っている母の行動は、理解できないものでした。

ここから綴るのは、イラッとする、だけどちょっとかわいい母と、私の話です。

母を引き取って一緒に住むようになったから、話は山ほどあります。

決して、
母が傷つくことを望んではいません。

嫌いだけど、嫌いじゃない
言いたいけど、傷つけたくない

複雑な娘心、聞いてください。

引き取った理由

一緒に住むようになったのは、私が2人目の出産の育児休暇が終わってしばらくしてからです。

働くにあたり、子供2人を保育園に預けました。
仕事に家事に育児に、若かった私は必死なだけで、バタバタな日々を送っていました。

復職が冬だったこともあり、保育園に行っては順番に熱を出す子供。
仕事を休む日々が続きました。

フルタイム勤務で、残業も言われる。
どうにかしなければ。
誰かに頼らなければ、子供たちにも無理をさせるし、私自身も会社にも居づらくなると悩みました。

その頃、パートで働きながらひとりで暮らしていた母。
私は長女なんです。
いずれは母のことも考えなくてはならないのかな・・・そんな役目も感じていました。

今仕事を辞めるわけにはいかない。
母を引き取り、家事をしてもらう方が経済的にも将来的にもいいと考えました。
それが最善の策だと、思ってしまいました。

想像と違った母

子供たちは、保育園を退園し、母と過ごすことになりました。

母は仕事を辞め、うちに引っ越してきました。
小さなアパートでしたが、ここから同居が始まりました。

母の仕事は、家事と日中の子供の面倒を見ること。

子供の相手も大変だろうな、と思いました。
母が無理をしないように気をつけよう、優しくもしよう、好きなこともさせてあげよう・・・

お願いをする立場としては、申し訳ない気持ちもあって、出来るフォローはしようとしました。

気晴らしが必要なら、夜にパチンコ屋の送迎だってしました。

母は、楽だったんだと思います。
1日家にいて孫といて、はっきり言って何をどう子守りしてくれているのかなんて、わかりません。

今さら、ですけどね。その時は何も疑わず、お願いしているという引け目が大きかったんです!

母がそんなに楽を好む人だとは、知りませんでした。

必要ならば、一生懸命働く。
楽ができるなら、そこにどっぷり甘える人でした。

同居したことで、母は自立する必要がないと思ったようです。
私にくっついていれば、楽して安泰。
確かにそうですよね、生活の不安はない。

住むところも、食べることにも、なにも困らない。
自分で守る必要などなくなった。

水だって出るし、ご飯だってある。
毎日お風呂に入れる。
トイレに行けばちゃんと水も流せる!
全てお金なんです。お金がなければ何もできないはずなのに、
母は、ここにいるだけで、全部手に入れたんです。
かわいい孫も付いてます。

いい生活だと思いません?
ひとりで不安を抱えて年老いていくより、なんと幸せなんでしょう!羨ましい!笑

提供されるものを、少しの遠慮がちな態度で、全て使える。
無くなる心配も、しなくていい。

こんなに、恵まれた環境ってなかなか手に入らないですよね。

甘えるだけ甘える、自立を放棄した母は、私が知っている母とは違いました。

母が母ではなくなった

私は、母のままでいて欲しかった。

甘えるだけ母は、母ではないんです。
そんなこと、口に出して言わなくても当たり前に変わらずにある関係性だと思っていました。

母のやること、言うこと、行動にモヤッとする。
私がそれを口に出すと、母は途端に顔つきを変えます。
ヒステリックです。
たいてい鬼のような顔をして、私への非難が始まります。

もう、クタクタです。
聞きたくないです。

母は、私のことをそんな風に思っていたんだと、嫌になります。

母は、母として怒っているんではないんです。
雇い主に対して「契約が違うぞ」と叫んでいるような感じ。

私はどんどん、母との距離が遠くなった。
本音も、注意も、良かれと思って伝えたいことも、言えなくなりました。

母が母でなくなったから
私は母が嫌いです。

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